FAQ
FAQ(よくある質問)
Q.高齢者による過大取引が違法になるケースは?
高齢者による過大取引の被害は多くのところで発生しています。
一旦発生した被害の回復には、裁判が必要なことがほとんどです。
ただ、その取引態様によっては、被害回復までのハードルが高くなります。
今回は、家族に取引発覚後、医師の診断を受けたら認知症と診断されたケースで、どこまで遡って取引が違法になるのか争われた事例です。
東京地方裁判所令和2年1月29日判決です。
事案の概要
原告は昭和7年生まれの男性。
被告の過量販売が問題になりました。
被告は、2009年から2016年にかけて、合計5500万円程度の装飾品等を原告に販売。
長男に発覚して取引は終了。
その半年後に、原告は認知症に罹患していると診断されたという経緯です。
本件取引の分量、内払回数、期間等
取引期間は、平成21年2月から平成28年3月までの約7年間。
取引(販売)の回数は合計174回。
販売合計額は、5594万9490円。
代金支払済みの金額は、5492万9490円でした。
本件取引の期間における各年の販売金額は、
平成21年が約1108万円、
平成22年が約1104万円、
平成23年が約384万円、
平成24年が約549万円、
平成25年が約873万円、
平成26年が約1027万円、
平成27年が約521万円、
平成28年が30万円でした。
商品について確認すると、平成26年を例にとると、取引対象となった商品には、洗剤・シャンプー、足首サポーターといった日常品も、みられるものの、ダイヤモンド・リング等、18金イタリアン・ネックレス等、18金デザイン・ネックレス等、ブラックダイヤ・ネックレス等といった高額な装飾品を繰り返し購入しており、本件取引の期間を通じて、程度の差はあるもののその傾向が見られ、特に平成26年は、装飾品が取引回数に占める頻度や額も多くなっていました。
本件取引の期間における原告の生活状況等
原告は、妻と同居して生活していたところ、原告の妻は、平成20年9月12日、要介護3の認定を受け、同年11月頃、ショートステイを利用するようになり、平成25年6月には、介護老人保健施設に入居。
子は、平成21年12月頃、原告とその妻の面倒をみるため、原告とその妻が住む母屋と同じ敷地内にある離れに引っ越し、生活。
原告は、運転手として稼働していた当時、中古車販売の営業の仕事をしていた相川と知り合い、相川が被告西川ロ店でレディとして勤務するようになった平成14年から、相川が担当する顧客として被告西川ロ店に来店するようになりました。
原告は、相川とは、同年時点で25年程度にわたる付き合いがあり、平成21年頃からは、平成28年の途中まで、ほぼ毎日、朝早く自宅を出て相川宅を訪れ、夕方又は夜まで相川宅に滞在して自宅に戻るという生活を続けるようになり、相川宅で風呂にも入るなどの関係にありました。
原告は、平成21年ないし平成28年にかけて、年間約150万円程度の年金収入を得ていたほか、不動産の賃料により祖税公課や修繕費用などを差し引いて年間数百万円の手取り収入を得ていました。
原告は、平成21年及び平成24年ないし平成27年にかけて、所有する不動産を売却。
平成21年、平成24年はそれぞれ約4000万円の、平成25年、平成26年はそれぞれ約1400万円の、平成27年は1100万円の各譲渡収入を得ている一方、平成24年11月にはJAあゆみ野から5250万円を借り入れ、毎月30万円以上を返済。
原告は、平成30年時点において、市内に10筆以上の土地と10個以上の建物を有しており、これらの土地の同年の固定資産評価額は合計2憶円を超えていました。
なお、原告が、本件取引を含む被告との取引において、割賦代金の支払を遅滞した形跡は証拠上見当たりませんでした。
原告の判断能力に関する検査結果は?
ここで、高齢者である原告の判断能力がどうだったのか問題になります。
平成28年9月15日に実施された原告の改訂長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)は14点、Mim-MentalStateExamination (MMSE)は14点。
HDS-Rは、時間・場所の見当識、即時・遅延記憶、視覚性記憶、注意(計算、逆唱)、語の流暢性に関する設問を通して、主に言語性を中心に認知症の罹患を検査する手法。一般にHDS-Rの点数が20点以下であれば、認知症の疑いがあるものとされ、HDS-Rの14点は、中等度の認知機能の低下を示すとされます。
MMSEは、時間・場所の見当識、即時・遅延記憶、注意(計算)、物品呼称、復唱、口頭命令指示、読字、書字、図式模写の設問に答えさせ、認知症の構成要件である記憶、失行、失認、視覚認知などを多角的に評価する手法。
認知機能障害のスクリーニングとして、最も推奨され、国際的に広く用いられているとされます。一般に23点以下が認知症の疑いがあるものとされ、MMSEの14点は、中等度又はやや高度の認知機能の低下を示すとされます。
また、アルツハイマー型認知症については、その経過として、MMSEが、1年間当たり3.3点ないし3.4点ずつ減少するとされます。
平成28年12月24日までに実施された原告のMRIによると、VSRADのZスコアが2.01。
VSRADは、個々の患者の脳画像とあらかじめ搭載された脳画像データベースとを統計学的に比較することにより、個々の患者の局所脳体積(脳の萎縮)を評価するソフトウエアであり、指標として、Zスコアが0~1はほとんど脳の萎縮が見られない、1~2は萎縮がやや見られる、2~3は萎縮がかなり見られるとされています。
後見相当との診断
原告は、平成28年12月24日、医師により、アルツハイマー型認知症及び脳血管障害との診断を受けた上で、見当識障害が見られるときが多い、他人との意思疎通ができないときもある、社会的手続(銀行等との取引)はできないときが多い、記憶障害は問題があり程度は重い、脳の萎縮又は損傷が著しいなどとされ、上記のHDS-R、MMSE及びVSRADの検査結果を踏まえて、自己の財産を管理・処分することができない(後見相当)との診断を受けました。
医師は、この診断において、時間見当識障害のみならず地誌的見当識障害も見られ、また、遅延再生のみならず即時再生の障害も認められる旨の意見を付しています。
過大取引の判断
本件取引(平成21年2月ないし平成28年3月)の対象となった商品の種類や分量、回数、期間、同イで認定した本件取引当時の原告の年齢、収入といつ、た生活状況等に照らすと、客観的に見れば、本件取引は、原告にとって、その生活に通常必要とされる分量を著しく超えた過大な取引であったことは明らかというべきであるとされました。
しかし、売買取引が客観的に買主にとってその生活に通常必要とされる分量を著しく超えた過大なものであったからといって、当該取引が当然に売主の買主に対する不法行為を構成するものではないから、さらに進んで、売主である被告において、本件取引が買主である原告にとってその生活に通常必要とされる分量を著しく超えた過大な取引であることを認識していたと認められるか否かについて検討するものとされました。
過大取引についての被告の認識
相川と原告とは約40年来の知人。
相川が平成14年に被告西川口店におけるレディとなった頃から、原告は被告西川ロ店を度々訪れて商品を購入するようになったこと
相川は、原告の担当レディとして、原告が被告西川口店で購入したものを最後は確認していたこと
原告は、平成21年頃から、ほぼ毎日のように、朝早くから相川宅を訪れて夕方又は夜まで滞在していたこと
相川は、原告の家族関係を承知しており、平成21年頃に相川宅に原告が頻繁に来るようになったのは、長男との折合いが悪いからと考えていたこと
を認定。
かかる事実に照らせば、相川は、原告が被告西川口店において行った本件取引の対象となった商品の種類、分量、回数、期間の事実や原告の生活状況等を認識していたものと認めるのが相当であり、相川は、本件取引が、原告にとって、その生活に通常必要とされる分量を著しく超えた過大な取引であることを認識していたものと優に推認することができるとしました。
相川は、原告が被告西川ロ店で購入した商品を女性にプレゼントしていたとか、原告自身が着飾ることが好きであった旨証言しているが、これを裏付ける証拠は存在しない、仮にそうであったとしても、そのような事情でもって、本件取引が原告にとって過大な取引であったという上記評価や過大な取引であることを相川が認識していたという上記推認を覆すに足りる事情とはいえないとしました。
販売店の体制
被告西川ロ店の店長は、店舗の責任者して、接客対応や契約締結の際の説明を店員と分担して行っており、原告とも直接接していたこと
被告西川口店では、顧客に商品を割賦払で販売する場合には過去の実績を考慮してその可否を判断しており、店長は、顧客の割賦払の未払額(売掛額)を管理し、顧客である原告に対する販売も毎月最終的にはチェックしていたことを認定。
かかる事実に、相川の認識も併せれば、本件取引の期間中において、被告西川ロ店の店長は、原告が被告西川ロ店において行った本件取引の対象となった商品の種類、分量、回数、期間の事実を認識していたものと認めるのが相当であるとしました。
被告西川口店の店長は、本件取引が、高齢の男性である原告にとって、その生活に通常必要とされる分量を著しく超えた過大な取引であることを認識していたものと優に推認することができるとしました。
当時の原告の判断能力は?
原告の本件取引当時の判断能力について検討すると、平成28年9月に実施されたHDS-R及びMMSEの各検査より前の時点における原告の判断能力を、医学的に直接証することができる証拠は存在しないとされました。
原告は、平成21年頃から物忘れや判断能力の低下等、認知症の症状を発するようになった旨を主張し、子の陳述書の記載及び供述には、当該主張に沿う部分があるものの、これを裏付ける証拠はなく、この主張を直ちに採用することはできないとされました。
もっとも、原告は、かなりの脳萎縮が見られ、アルツハイマー型認知症とされ、自己の財産を管理・処分することができない
(後見相当)との診断を受けている点も指摘。
また、同年9月に実施されたHDS-Rは14点であり、認知症の疑いがあるものとされる20点を下回り、中等度の認知機能の低下を示していた点。同じく同月に実施された、MMSEは14点であり、認知症の疑いがあるものとされる23点を下回り、中等度又はやや高度の認知機能の低下を示していた点。
加えて、アルツハイマー型認知症は、その経過として、MMSEが1年間当たり3.3点ないし3.4点ずつ減少するとされるが、それを前提に計算すると、平成28年9月時点で14点であった原告のMMSEは、平成25年12月頃には、認知症の疑いがあるものとされる23点程度に低下していた蓋然性が高く、同月当時、原告が認知症であったと断定できるかどうかは別として、原告の判断能力はに高額な取引をするのに必要な能力という観点からは、既に相当程度低下していたもの
と認めるのが相当であるとしました。
判断能力低下に対する被告の認識
原告の判断能力は、平成25年12月時点では、高額な取引をするのに必要な能力という観点からは、既に相当程度低下していたというべきであるが、この点の被告側の認識について検討すると、被告西川ロ店における原告の担当レディであった相川は、原告とは、本件取引の場だけでなく日常生活においても密接が関係にあったことは、上記に認定したとおりであるし、被告西川口店の店長も、本件取引の場で原告と直接に接しており、顧客である原告との取引内容もチェックしていたことは上記に認定したとおりであるから、遅くとも同月までには、原告の判断能力が相当程度低下している事実を認識し、又は容易に認識し得たものと認めるのが相当であるとしました。
取引中断義務
そして、遅くとも、原告の判断能力が相当程度低下している事実を認識し、又は容易に認識し得たと認められる平成25年12月時点では、事業者である被告は、社会通念に照らし、信義則上、原告との本件取引を一旦中断すべき注意義務を負っていたものというべきであるとしました。
それにもかかわらず、平成25年12月以降も、被告が原告との取引を中断せず、本件取引を継続したことは、社会通念上許容されない態様で買主である原告の利益を侵害したものとして、不法行為法上違法と評価されるべきものと解するのが相当と結論づけました。
損害
そして、被告の不法行為を構成する平成25年12月以降の本件取引による原告の支払済みの売買代金額合計は、1636万6970円。
これが、被告の不法行為と相当因果関係のある原告の損害であると認定。
過失相殺
原告及び子の落ち度は、過失相殺における被害者側の過失として考慮すべきものであり、その過失割合は、3割と認めるのが相当であると認定。
3割の過失相殺をした後の損害額は、1145万6879円。
不法行為と相当因果関係のある弁護士費用は、115万円と認定。
双方控訴のため、判決は確定していませんが、過量販売における判断能力の認定、特に取引当時の医療記録がないものの、取引停止後の検査結果があるようなケースで遡っての推定が有効なケース、また、取引の中断義務を検討するようなケースでは参考になる裁判例かと思います。
横浜にお住まいの方で、過量販売等を含む消費者相談の法律相談をご希望の方は、以下のボタンよりお申し込みできます。