FAQ
FAQ(よくある質問)
Q.脅された被害者でも損害賠償義務を負うケースとは?
通常、脅迫などの被害を受けた場合には、被害者という立場になります。
そのような立場なのに、脅されてした行為について損害賠償義務を負うことがあります。
このような結論をとったのが、最高裁判所平成18年4月10日判決です。
有名な蛇の目ミシン事件と呼ばれる判決です。会社の取締役は、脅された被害者であっても、しっかりした対応をしないと責任を負うことがあるという事例です。
事案の概要
蛇の目ミシン工業は、ミシン等の製造、販売を目的とする株式会社。東証一部上場企業でした。
Aは、I社の代表者。AやI社名義でB社株を大量に取得。I社は、昭和62年3月には、ミシン社の筆頭株主に。
Aは同社の取締役に就任。Aは、いわゆる仕手筋として知られており、暴力団との関係も取りざたされている人物でした。
I社は、ミシン社等の株式を取得するため借金をしていました。その額、約966億円。
平成元年7月末には、そのうちの200億円を返済することになっていました。
そこで、Aは、ミシン社の当時の社長らに対し、ミシン社とI社が共同で新会社を設立して、その新会社に債務の肩代わりをさせたいと再三要求。
首脳陣が、この計画に賛成するものの、メインバンクが反対。
メインバンクは、秘密裡に債権者との間で966億円の担保となっているミシン社株1740万株を買い取ってもらおうと交渉。ミシン社にはメインバンク出身の役員もおり、このような交渉を担当していきます。しかし、ミシン社社長と債権者が揉めていきます。
Aは、ミシン社社長を非難。社長は、Aに言われるがまま、1740万株の買取り等について責任を持つ旨の念書を作成しAに交付。
Aは、ミシン社株を念書と共に暴力団の関連会社に売却した旨述べました。これを取りやめたいなら300億円を用立てるよう要求。副社長らに対し、「大阪からヒットマンが2人来ている」などと脅迫。
ミシン社では、暴力団が入ってくれば、更なる金銭の要求がされ、経営の改善が進まず、入社希望者もいなくなり、他企業との提携もままならなくなり、会社が崩壊してしまうと考えたが、他方で、ミシン社から300億円を出金してAに交付すれば経営者としての責任問題になると思い悩みました。
結局、ミシン社は、要求に従ってI社に約300億円を交付したのです。
その後、Aは逮捕されI社は破綻。300億円は回収不可能に。
これらの行為について、ミシン社の他の株主であるXが、同社の取締役らに対し株主代表訴訟を提起した裁判です。
原審までの判断
地方裁判所、高等裁判所とも請求を棄却。
高等裁判所は、商法266条1項5号の責任について、取締役らには、300億円の利益供与を行ったことについて、外形的には、忠実義務違反、善管注意義務違反があったと認めました。
しかし、取締役らは、Aの行為を放置すれば、ミシン社の優良会社としてのイメージが崩れてしまい、会社が崩壊すると考え、これを防ぐために利益供与をしたと認定。
念書の作成については、心労を重ね、冷静な判断ができない状況の中で、Aにうまく書かされた面があることを否定できず、念書を書いたことをもって直ちに過失があったということはできないと認定。
このような判断をやむを得ない、過失があったとはいえないとしました。
他に、改正前の商法294条ノ2の問題もありましたが、責任は否定。
最高裁判所の判断
原判決を破棄、差し戻し。
恐喝被害に係る金員の交付について、忠実義務、善管注意義務違反の責任を認定しました。
Aには当初から融資金名下に交付を受けた約300億円を返済する意思がなく、被上告人らにおいてこれを取り戻す当てもなかったのであるから、同融資金全額の回収は困難な状況にあり、しかも、ミシン社としては金員の交付等をする必要がなかったのであって、上記金員の交付を正当化すべき合理的な根拠がなかったことが明らかであるとしました。
被上告人らは、Aから保有するミシン社株の譲渡先は暴力団の関連会社であることを示唆されたことから、暴力団関係者が蛇の目ミシンの経営等に干渉してくることにより、会社の信用が毀損され、会社そのものが崩壊してしまうことを恐れたというのであるが、証券取引所に上場され、自由に取引されている株式について、暴力団関係者等会社にとって好ましくないと判断される者がこれを取得して株主となることを阻止することはできないのであるから、会社経営者としては、そのような株主から、株主の地位を濫用した不当な要求がされた場合には、法令に従った適切な対応をすべき義務を有するものというべきであると指摘。
本件において、被上告人らは、Aの言動に対して、警察に届け出るなどの適切な対応をすることが期待できないような状況にあったということはできないから、Aの理不尽な要求に従って約300億円という巨額の金員を交付することを提案し又はこれに同意した被上告人らの行為について、やむを得なかったものとして過失を否定することは、できないというべきであるとしています。
他の争点でも役員の責任を肯定しています。
原審の判断には、判決に影響を及ぼすことが明らかな法令の違反があるとして、破棄を免れないとし、負担すべき損害額、利益供与額等について更に審理を尽くさせるため、原審に差し戻しとしました。
反社会的勢力とのつながりはNG
反社会的勢力に対する会社の対応では、自分たちは被害者であっても責任を負うリスクがあります。
最高裁は法令遵守を重視した結論を採用しました。
現在は、当時よりも、反社会的勢力との関係については厳しい目でみられます。
本件のような脅迫があったとしても、会社としては抵抗しないと、取締役として責任を負うことになってしまうのです。
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